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旅人・流離を詠んだ名詩二編
「小諸なる古城のほとり/雲白く遊子悲しむ」から始まる「千曲川旅情のうた」と題する名詩、さらに、「名も知らぬ遠き島より/流れ寄る椰子の実一つ」から始まる「椰子の実」(柳田国男からヒント)と題する名詩が『落梅集』(明治34年刊)に載せられている。前詩は古城のほとりで人生の旅愁を感じて作られたもの、後詩は遠い島から流れ着いた椰子の実に流離の憂えを感じて作られたものである。キーワードは「愁」(前詩に)「憂」(後詩に)である。その抒情は古びない普遍性が歌い継がれている(雅)
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 | 『恋愛小説』 新潮社 price : ¥1,470 release : 2005/01/26

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豪華な作家陣でお得かも
ウイスキーはほとんど飲みませんが、まあ、小説でこんな風に扱われると、飲んでみようかなって気になります。大人ならではのストーリー(ばななさんのはちょっと若いかな?)が素敵だし、人気作家の個性ある作品を楽しめてよかったです。
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今日もどこかで…
私たちの目に見えないところでおきていることは、沢山あります。そんなどこかで起きているかもしれない出来事に想像をめぐらせて見たことはありませんか。私も今では大学生ですが、小学生の時には星氏のショートショートを読み、奇想天外で豊かな想像力で満たされたストーリーに、時の経つのも忘れたほどでした。星氏の作品は、ぜひ想像力をはぐくむものとして幼少期から親しんでほしい作品です。
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 | 『銭売り賽蔵』 集英社 price : ¥1,890 release : 2005/02

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時代考証が不正確な「時代」小説
銭売りというビジネスを通して江戸時代の貨幣制度の一端を切り出したのはよい着眼だ。しかし、年齢・外見以外、登場人物が類型的で個性がない。また、主人公がいつの間にか仲間から元締め、かしらなどと呼ばれる。雑誌連載期間中にぶれたようだ。 1765〜1766年の江戸が舞台だが、時代考証が不正確だ。いくつかを下記に記す。「だいこん」同様、まだ架かっていない吾妻橋が存在している。まだ老中にかっていない田沼意次が「老中」で登場する。「箱崎町の中洲」とあるのは箱崎町そのものの間違いで、当時中洲はまだ埋め立てられておらず、埋立後は歓楽街となる。芝居を昼夜二興行としているが、火の用心から芝居の夜興行は禁止されていた。などなど。 作者は「江戸情報地図」(朝日新聞社)を愛用していると聞くが、安政の地図で百年前の江戸を描くのは無理。江戸時代についてももう少し勉強すべし。
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絶対オススメ
これを書いた方が、すっごく何不自由なく育った方だったら 反感も持ったことでしょう。 でも、書いている方が宇野千代さん。 4度の結婚と離婚、逃げるように故郷を去り、 睡眠薬を飲んで眠り続けたこともあり、書けないスランプに陥ったことも。 借金取りに追われたり、彼女自身 「泥棒と人殺し以外は何でもした」と仰るほど波乱万丈な日々だったと 思うのですが、本を読む限りあまりそういう印象は受けません。 ひたすら明るく、ひたすら前向きで、 とても癒され、慰められます。 書いてらっしゃる当時は70代なのですが、 「70代の方がこうなんだから、私も頑張ろう!」と 自分に対して発破をかける手段にもなります。
文庫本になって、どこでも携帯できるし、どこを読んでも力が出ます。
是非オススメしたいです。
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名作
不朽の名作といっていいでしょう。せひ一度ご覧ください!
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![走れメロス]() | 『走れメロス』 戸田デザイン研究室 price : ¥1,680 release : 1984/12

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今読み返すと
昔、紙芝居で走れメロスを読んだことがあったが、 その時との印象の違いに驚いた。 好きな一節は「人の命は問題ではない、私は何か恐ろしく大きなもののために走っているのだ。」 僕らもこの人生を何か恐ろしく大きなもののために走らされているのではないかと考えさせられた。
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 | 『「出会い」の不思議』 創元社 price : ¥1,680 release : 2002/05

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氏の総括版
河合氏の過去の著作の総括版的内容といえるでしょう。氏の基本的なスタンスを概括的に知りたい人にはお勧めです。とくに、子供の本と言われている童話やファンタジーについては考えさせられること大です。ただし、表題のような出会いの部分は、あまり中身はありませんので、すっとばしてもいいように思います。タイトルの付け方に問題があるのでしょう、残念ながら。。。あるいは、編集の過程に問題があったのかもしれません。
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現代の都会における生の在り方をとらえる箱庭的世界観
世田谷区大原のマンションに住むぼく。片側にはチイチイという名前の猫を飼っている美里さん、そして反対にはパキという猫を飼う西井が住んでいる。その三人と二匹と、野良猫クロシロの交流を通して、都会の片隅における生の断片を描き出した作品。保坂氏の作品にはいつも、氏ならではの静謐な不思議な空気が漂っているのですが、この作品もそうした味でいっぱいです。猫との交流が生活の中心となっている三人組の世界には、他の人物はあまり出てきません。そのミニマリスティックな箱庭のような世界観は、はからずも現代の都会における生の在り方をとらえているように思います。「現代という時代に育った者にとって、プライバシーというものは守ることより侵すことの方がずっと難しいのだとぼくは思う」、と本文中にありますが、そんな他者との距離感が静かな諦めとして伝わってきます。 所収のもう一篇、「キャットナップ」も猫をめぐっての人間関係を淡々とした筆致で描いた作品。
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 | 『花』 中央公論新社 price : ¥580 release : 2005/05/26

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有吉佐和子の劣化コピー
作者自身が有吉佐和子のファンであることを公言しているが、「芝桜」「香華」を読んでいないとでも言うのか。花道に生きる母子の葛藤を描きたいらしいが、テーマのみならず細かいエピソードまでひどい劣化コピーだ。 自分の本の購読層は有吉佐和子のそれとかぶりはしないとなめてかかっているのか。 こんな作家が直木賞の選考委員なのだから昨今の日本文学の衰退も仕方ないとしか思えない。
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シリーズ完結編
後に発表された後日談「αだより」で作者が「満足のいく終わり方」と表現していたが、まさに大団円であり、いつかあゆみたちはきっと帰ってきてくれる、そんな気にさせてくれる終わり方でしたね。 あゆみが持って生まれてしまった「特殊能力」、そして政府からの「極秘プロジェクト」への参加要請…… 彼女にはあまりにも辛い現実が突きつけられて、悩み苦しみ悲しみ、そして最後は自分自身で決めて。 誰にも強制されない、自らの意思で決意に至る過程が非常に丹念に描かれています。 新井さんはもう後日談は書かないつもりらしいですが(太一郎失踪のエピソードは書くつもりらしい)、彼女達が火星へ帰ってくるエピソードが是非読みたい。そんな作品。
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 | 『私の古寺巡礼』 講談社 price : ¥1,155 release : 2000/04

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人間の意地が活き活きと書かれています。
歴史の主役格である吉宗のかげで、とかく悪役仕立てに描かれる宗春。しかし、実際には単に吉宗に対して徒に放蕩生活をいやみたらしくみせつけるているのが宗春ではなく、そこにあるのは倹約と米価政策を押し進める将軍に対し、全く正反対の経済政策を身をもってすすめる宗春こそ正しい。この作品ではまさに登場人物が各々の立場から各々の方法で自分の主張を体現していく。そこにあるのは「意地」である。悲しくも雄々しくもある意地の世界。 宗春の姿を通して描くこの世界は非常に新鮮かつ豪放。
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魅力的☆
悪党中の悪党と評されることもあるリチャード三世。 醜く残酷・・・という感じがしますが、 本当は皆から愛されたかった、 母から愛されて、普通の人と同じように世の中を楽しみたかった・・・ そんな普遍的な願いを叶えるために 王権を狙い、たくさんの人を殺したリチャード。
自分の野望をかなえるために ここまで悪事を働けるリチャードに 賛辞さえ送りたくなります。
そして、卓越した演技力と ウィットにとんだ会話が印象的です。
悪党だけど、人間臭さがあふれてて魅力的な人物です!
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不思議な色気のある逸品
表題作は質屋通いを覚えた堕落学生である「僕」と質屋の若い女房をめぐる小品である。「僕」がこの女房に母親と同時に女を感じてドギマギするさまが、ユーモラスにいきいきと描写されていて、なんとも可笑しい。 他にも芥川受賞作『悪い仲間』『陰気な愉しみ』に描かれる主人公は、やはり社会的な劣等感を内に抱え込んでいるのだが、それが陰鬱にかたむかず、そのような自己を受け入れることによってユーモアに転じている。 折々読み返したくなる珠玉の短篇集。
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 | 『憂い顔の童子』 講談社 price : ¥2,100 release : 2002/09/30

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【商品詳細】
センダックの絵本を下敷きに、大江健三郎の義兄である伊丹十三の自殺を扱った『取り替え子』の続編である。 国際的な作家の長江古義人(こぎと)は母の死後に故郷の森へ移り住むことを決意する。同行者は知的障害者の息子であるアカリと、10年も前から古義人の小説を研究しているアメリカ人女性ローズ。妻の千樫は自殺した兄、吾良(ごろう)の女友達を助けるためベルリンに滞在中だ。 故郷に戻った古義人はしばしば引用される『ドン・キホーテ』の主人公のように喜劇的な冒険者として描かれる。吾良の自殺を中心に魂の再生を描いた迫力のこもった前作に比べれば、1960年代の政治活動のパロディをするなど、本書はノスタルジックな色合いが強いといえる。その理由は、本書のなかで大江自身がモデルと思われる古義人が言っているように「自分が作り出した作品世界において根本的な主題系を(中略)あらためて検証しようとしている」からにほかならない。そして、検証の中心になるのが土地の伝承に出てくる「童子」だ。つねに少年として森の奥に生きる童子は、この土地を危機が見舞う際、時を越えて出現し人々を救う。古義人は幼い頃、童子に置き去りにされたという心の傷を抱えてずっと生きてきたのだ。 狂言回しの役割を担うローズの客観的な批評も盛り込み、みずからの軌跡や土地の伝承をつまびらかに検証する本書は、戦後50年の日本社会の再検討のみならず、200年に及ぶ日本の近代化の歴史を周縁から問いなおす大江文学の集大成である。同時に、最も重要な主題にあらためて向き合い、新たな地平を切りひらく野心作といえるだろう。(齋藤聡海)
大江健三郎、渾身の近作
40年を超えた大江の作家人生。彼の小説は「初期の作品の方がよい」との評価も多いが、それを覆す傑作。作家人生、または人生そのものを魂をこめて振り返っており、作者は「最後の小説」を模索しているようだ。 「ドンキ・ホーテ」を手に小説家は東京から故郷へ帰る。彼は自殺した義兄の映画監督との思い出を振り返り、彼は人生のけじめをつけたのだと主張する。作品の最後に小説家と映画監督にとって衝撃的な事件がそれぞれの創作の原点として存在することを明かす。これは大変ショッキングなものである。 私小説のようであり、フィクションもある「大江調」ともいえるスタイル。もちろん大江はかねてから「すべての小説はフィクションである」と主張しており、すべてが現実の話ではない。しかし、現代純文学にベテラン健在をアピールしている。
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金沢の伝統を学びながらのミステリー
女花火師の春山瑞枝、順子親子がとても生き生きと魅力的に書かれていたけれど、あまり登場してこなかったのが残念だった。もっといろいろ出てきて、事件を推理したらもっと面白くなったのにと思う。金沢については、紬の事などとてもわかりやすく書かれていてここらへんは、さすがに内田康夫だと思わせる物があった。
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 | 『事件』 新潮社 price : ¥820 release : 1980/08

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『フィクションとしての裁判』〜「事件」とは何か
神奈川県の田舎町で起きた19歳の少年による恋人の姉殺害事件での、事件発生から少年の殺意の有無をめぐる裁判とその判決に至るまでの過程を、フィクションとは思えないような抑制の効いた、圧倒的なリアリズムで描いています。 つまりは殺人か傷害致死かを争うだけの話なので、裁判小説と言ってもそのプロセスでの“意外性”は限定的で、ペリー・メイスンのようなミステリーとはまったく趣を異にします。しかし、一般にはあまり知られていない裁判の進行模様が、個性的な登場人物のおかげもあり面白く読めます。そして最終章でこれほどウ〜ンと唸らされる小説というのも少ないのです。そのウ〜ンは、ミステリーとしてのウ〜ンとは別物です。「事件」とは何かを考えさせられるのです。 一般に殺意を裏付けるものは“動機”と“状況”なのですが、大岡昇平とこの小説を執筆した際のアドバイザーの1人だった当事俊英の弁護士・大野正男氏(後に最高裁判事)との対談『フィクションとしての裁判』を読み、大岡が執筆の途中で主人公と被害者の関係に重要な修正を加えたことを知り、それがラストのウ〜ンにも繋がるのかなと思いました。最初からミエミエなら、ここまで唸らない。タイトルが『事件』のテーマを暗示しているとも言えるこの対談集は、残念ながら絶版中ですが、司法制度改革に関連する話題もとり上げているので、文庫化してもらえればと思います。
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アメリカが持つ活力の二面性
ノーベル文学賞作家のアメリカ人論である。原作のAmerica and Americansが世に出たのが1966年で、ベトナム戦争の真っ只中であった。アメリカ社会の分裂がピークを迎えるのはもう少し後のことだが、すでにこの時期、アメリカは病んでいた。 スタインベックは国家を破壊するものとして、安楽さ、豊かさ、安全性を挙げる。豊かさの結果、アメリカは目標を喪失し、ますます「滅びゆく国民」の様相を呈していると見る。しかしスタインベックは、アメリカの活力を最後まで信じているのである。 「われわれは時に失敗し、誤った道をとり、新しく継続するために立ち止まり、腹を満たし、傷口をなめた。しかし絶対にあと戻りはしなかった。絶対に。」 ここにはアメリカ人に特有の「活力信仰」とも言うべき姿勢が現れているように思う。はるかに長い歴史を持ち、国の栄枯盛衰を記憶に刻んできた他の国の人ならば、運命に対して静かに向き合い、もっと寡黙になるのではないだろうか。 こうしたアメリカ人の特性は、今も確かに存在している。それはアメリカの強みでもあり弱みでもある。スタインベックはこの両側面、すなわち自己をも破壊してしまうエネルギーと矛盾を乗り越える活力という二面性を鋭く見抜いていた。
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原点を想起
つらいことが続いた。生きていくことがつらくなった。そんな中で学生時代に愛読した坂口安吾の言葉を集めた本書を読んだ。 坂口安吾は「ただ、生きているだけだ。それだけのことだ」(22頁)「苦しめ、そして苦しむのだ。それが人間の当然な生活なのだから」(58頁)「元より人間は思い通りに生活できるものではない。愛する人には愛されず、欲する物は我が手に入らず、手の中の玉は逃げ出し、希望の多くは仇夢で、人間の現実は概ねかくの如き卑小きわまるものである」(44頁)と否定的に説く。一方で「悲しみ、苦しみは人生の花だ」(53頁)「人間にとって、人間以上に美しいものがある筈はない」(28頁)とも説く。それなりに成功し、それなりに幸せだった自分の人生における幸福を所与のものと思ってしまっていた自分を恥じ、「人生とは銘々が銘々の手でつくるものだ」(32頁)という当たり前のことに改めて立ち返り、「独自なそして誠実な生活を求めることが人生の目的でなくて、他の何物が人生の目的だろうか」(45頁)という言葉にかつての自分を感じた一冊だった。BGMで流れている、本書とおよそ違う価値観という認識だったブルックナーの交響曲8番、9番と価値観が調和した気がした。
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正統な実力派登場
どなたかご指摘の通り、内容やその切なさ・どうしようもなさを、タイトルが見事に表している。 懸命で、実にまっすぐで。見捨てていけないものを、やっぱり見捨てておけない。そんな主人公はまさに清冽という印象。 そして、相手の心不在の若い恋から、試練を経て人として男として成長していく姿がいい。また、当時の女性の状況、心情、そして今でも共通する想いなどもよく描かれており、この時代小説を豊かにしている。 読んでいて、藤沢周平さんの『蝉しぐれ』を思い出した。
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星新一、彼の魅力。
本書『なりそこない王子』が文庫化されたのは1986年。 20年近くも前の作品なのに、何故古くさくないのか。 これは全ての星新一作品に共通していることだが、時代を特定するモノ、コトが出てこないのだ。 だからこそ、何十年経っても読者を楽しませることが出来る。 そんな魅力が詰まった作品群。 それが『なりそこない王子』なのである。
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どろどろした感情が渦巻く世界
林真理子の全作品に共通して言えることなのだが、「美人、結婚、裕福」という言葉に対して過剰反応しすぎで、不快感が否めない。 文章は簡易で読みやすいが、作品に漂う嫉みそねみに辟易としてしまい、読後感がよくない。また、作中に、「ファッション誌から抜け出してきたモデルのように綺麗だった」という表現があるのだが、ここに作者の軽薄さ極まれり、という気がしてしまった。 幸福な女性を表す表現は他にいくらでもあるだろうに、ファッション誌のモデルとは・・・ 空々しくて見かけだけな、作者の日ごろの生活が偲ばれる。 しかし不快になると知りつつ手にとってしまうところに、この作家の 引力があるのではないだろうか。
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「危機の宰相」は人物の評伝としては面白いが…
本書は1960年の日本を見つめた二つのノンフィクション「危機の宰相」と「テロルの決算」を収録した一冊。「テロルの決算」は社会党委員長と彼を暗殺した少年とが時代の中で鋭く交錯していく様を描いた傑作で、私も文庫で一気呵成に読んだ記憶があります。 今回私が「1960」を手にした目的は、これまで単行本では読めなかった「危機の宰相」に目を通すことにありました。「危機の宰相」は池田隼人首相が推進した所得倍増政策の誕生から終焉までを追っています。 物語の中心は、池田隼人と彼のブレーンであった下村治と田村敏雄の3人です。池田・下村・田村は全員が大蔵官僚の出身。しかし決して順風満帆な出世コースを歩んだわけではない「敗者」の3人が、高度成長路線を理論構築していきます。自民党内部にも世論にも彼らの考えを夢想・空論として嘲笑うかのような雰囲気が一時漂いますが、彼らの目標がどう実現していったかは歴史が示す通りです。 それぞれの人物評伝としてはなかなか魅力的な一冊といえます。彼らとそれぞれの妻とのちょっとしたエピソードなどは生身の人間である彼らの一面を見せており、大変興味深く読みました。 しかし本書は、そもそも私が本書を手にした際の欲求には応えてくれませんでした。 私はまさに高度経済成長の落とし子です。生まれた時からテレビも洗濯機も冷蔵庫も身の周りにありました。私を形作ったといっても言い過ぎではないあの経済成長のからくりはどこにあったのか、改めて知りたいという欲求があったのです。 つまり私が知りたかったのは、高度成長の背景である人物伝や論理構築ではなく、池田政権の個別具体的な金融財政政策です。3人を中心とする高度経済成長論者たちが日々お題目を唱えるだけで日本経済があれだけの飛躍を遂げたわけではありません。本書はそうした政策史が描かれているわけでは残念ながらありませんでした。
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おもしろいのですが・・・
「孤島の鬼」を読んで以来、私と妹のなかで江戸川乱歩がブームに なっています。 江戸川作品はロマンティックな気分やせつない気分、 はらはらドキドキ、こんなトリックがあるとはっ!? と、夢中になる要素が100%入っている!!と、いうのが、 私達2人の同意見でした。 しかし、今回は「先が読めるんですが・・・」と、いう感じです。感のするどくない私達が思ったくらいなので、みなさんも そう思うはずです。 最後にフォローしますが、ちゃんと、おもしろいのです。 でも!と、いう感じですね。
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あとがきに著者の解説
星新一さんが、あとがきで、ご自身の作品について、発想の始まりについて書かれています。 また、あの量は意図したものだということもあります。 さらに、ご自身の自信の程が伺えます。この本に収められている作品は、他の作品集よりも若干、長めだそうです。 他の作品集よりも、そのせいか、ワンパターンに収まっていないような作品がひしめいていますね。
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可もなく不可もなく
この作者は感覚が鋭く、他の作品を読んだ印象からかなり期待していたんですが、これはあんまり・・。 それなりに面白いし鋭い部分もあるのですが、ユーモアを強調しすぎて、かえって読者におもねるようで、面白さも半減しました。
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 | 『容赦なく〈上〉』 新潮社 price : ¥900 release : 1996/03

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米国凋落の始まり
ベトナム戦争は物心づく以前の出来事であるが、これについては我々日本人もよく知っておくべきだ、と読者に思わしめる、という意味において非常な名著であると思います。 戦争が作り出す狂気の一例を描いた181項以下は、文字通り読むに堪えません。「人間は米国人であろうと外国人であろうと、全部収奪の対象だ。何かを売りつけてやれ、何なら騙してやれ、がっぽりピンハネしてやれ・・・。」 麻薬組織人やその他一部の米国人の言動はこう聞こえます。Clancyの想いが集約された640項「How typical・・・」の中の「detente」とは、この「収奪」を少し控えようではないか、という意味なのでしょう。 英語は語彙・構文とも極めて標準的で、一部の医学・軍事・船舶用語の他は読み易く、読者層の幅広さが窺えます。ただし平和に恵まれた日本人読者にとって、この破壊と復讐のみが描かれた750項を読み通す心労は、並大抵のことではないでしょう。
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さすがに凄い
船戸作品を初めて読んだが、描写がすごい。まるで太いノミでくっきりとえぐったようなビジュアルな描写である。クルドの街の描写などもノンフィクションに照らし合わせると正確なのがわかる。はらはらどきどきのサスペンスもあり。クルド民族に小説の形で正確な光を当てたことも高く評価していいのではないだろうか。主人公のような日本人がいるとは、あまり思えないが。
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究極のエディプス・コンプレックス文学
表題作は著者の自伝的作品。ただしこの時期に受賞した芥川賞のことには一切触れられていない。「息子はその母親の子供であるということだけですでに充分に償っているのではないだろうか?」 九日間、精神病院の甘酸っぱい臭いのする部屋に、母の最期を看取るために主人公は閉じこもる。安岡章太郎の描写するいたたまれなさ、やるせなさ、いきばのなさ、やりきれなさは天下一品だ。恥辱文学の金字塔とでも名付けたい。時間を交差させ、五感に訴えかけるように父への嫌悪、母への愛憎を描き切った。
個人的なことだが、私は高校生の時に収録作品の「俄」の主人公と同じような体験をしたことがある。夜中にとてつもない爆音で目が醒めた。耳の奥で虫らしきものが暴れまわっているのだ。鼓膜の真横、目の真後ろ、脳の真ん中で巨大な音を立て続けているのだ。恐怖のあまり泣き喚く私と、慌てふためいて応急処置を聞こうとメディカルセンターに震える手でダイヤルする母。センターの指示は三段階だった。まず光で照らすこと。これは短編とは違って効果はなかった。次に煙草のケムリで燻し出すこと。そこで父に煙草のケムリを耳の中に吹き込んでもらった。虫は苦しいのか全力で暴れ出し、私は叫び声を挙げながら爪先立ちで部屋中を駆け回り発狂寸前となった。最後の指示はサラダオイルをストローで耳に流し込み、それから水泳のあと水を抜くように、オイルと虫入りの耳を下にしてケンケンをするようにとのことだった。サラダオイルと共に、足元に落ちてきたのは、てんとう虫ほどの小さなカナブンだった。このようなエピソードでも読者諸氏のお役に立てれば幸いである。
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今だからわかる
大学2年の時にこの本を一通り眺めて、なんだか最先端の思想に触れている気になっていい気持ちになって、でも心のどこかでちゃんと理解できてないんじゃないかというルサンチマンがくすぶっていて、20年の時を経て吉本隆明と糸井重里の対談の「悪人正機」で吉本隆明がこの本を再評価しているのを見て、「もう一度取り組んでみよう」と思い、「アースダイバー」と同時に発注したが、「アースダイバー」は読めてもこちらの本は構えてしまってきょうまでかかってしまった。
今回読んでみて、20年前よりも理解できたように思った。無論、本の内容を自分の言葉で説明しろ、と言われたら多分5分の1ほどしか説明できないだろう。あとの5分の4は解った気にはなったが、結局はさらさらと指の間から砂がこぼれ落ちるように僕をすり抜けてしまった。
吉本隆明はこの本を再読して「精神(心)の考古学」だと評した。ヘーゲル的な西洋中心的社会進化論的文明・文化観の底の浅さを突き抜けて、もっと大きな括りでの太古を探る知的営みなのだ。「はじめに言葉(ロゴス)ありき」のその前の、言葉が生成されて精神も時間も空間も分節される前の、いわば夜明け前の曙光の予感を感じる「時」を心で体感して生まれたのがこの本だろう。だから、この本で使われる言葉はイメージ喚起的な言葉ばかりなのだ。元々言葉では表現しようのないこと、それこそ太古の人間の精神をそのまま継承しているかもしれないチベットの行者に弟子入りして体感しなければ理解できないことを言葉で表現しようというのだから、並の言葉使いではダメだ。
その面で中沢新一の言葉使いはすごい。なんとなく理解できる気がする。言葉を通じて体感できる気がする。
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スペクタクルー
〜相変わらず面白かったです。個人的にはそれにつきます。舞台は孔子の時代の中国なので、何千年も昔の人たちの話ですが、それを感じさせない程登場人物が生き生きと動いているので、孔子の事を全く知らなくても楽しく読めるのではないでしょうか。 歴史上には名を残さなかった人物も出てきますが、全く違和感を感じさせません。 〜〜 特に10巻はそういった人の活躍が表面に出る巻ですが、むしろこちらの方が興味深いくらいです。 兎に角よく練られた長編小説であるので、古代中国ないし古代世界が好きな方なら存分に楽しめるのではないかと。〜
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やるせない物語だが、一読の意義はある。
先日、部屋の大掃除を敢行した際、何年か前に読んだこの本が、書棚の奥から出てきた。 もう読み返すこともなさそうだし、処分しちゃおうかな、と思ったのだが、結局、かなり迷った挙句、このたった一冊の文庫本を、処分することができなかった。 林真理子という作家は、おそらく、現代女性の悲哀みたいなものを描かせたら右に出る者はないのではないだろうか。 この、痛々しくもやるせない物語。 ここで追いすがっても、傷が深くなるだけなのに……そう思いながらも、この主人公の愚かしい行動を、否定し去ることができない。 著者の作品を読むと、しばしば、「えっ、ここまで女の本音を明かしちゃって大丈夫なの?」と、何か心配になってくる。 ここまでリアルに女性の心情を描ききれる作家というのは、ある意味、貴重である。 しかも、登場人物たちは、必ず何らかの劣等感なり不満なりを抱えており、そこが読者の共感を呼ぶのだと思う。 この本も、読んでいて楽しい作品ではないが、何らかの教訓を求めるならば、反面教師として一読の意義はあるだろう。
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 | 『妖しい風景』 講談社 price : ¥520 release : 2004/04

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慣れ親しみつつも
好評の公事宿シリーズ。今回から、菊太郎の愛人お信が団子屋「美濃屋」を開店。そこへ新キャラクター(渋いおじいさん)も登場し、新たな色合いを添えています。 相変わらず、主題は現代の日本と共通したものばかり。澤田さんは、児童虐待や誘拐を取り入れた作品を今までこのシリーズで書いてきましたが、気にかかるものなのでしょうね。菊太郎に語らせるセリフに、作者の思いが重なります。 菊太郎の弟、鉄蔵の出番が減った気が(笑)。鉄蔵配下の同心たちもなかなかの脇役なので、出番が増えるといいな。
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シリーズ第一作 文句なしに面白い
八州廻りという関八州の警官のような仕事をする桑山十兵衛が主人公。
下級武士という悲哀がありながらも、関東をかけめぐる主人公の事件解決の姿は面白い。
読んでそんなしです、時間があっというまに過ぎますよ。
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これまた地方の特質を抉ってくれました。
いつものように、浅見さんが殺人事件で旅してます。 今回は題名の通り佐渡島に行くんですが、相変わらず地方の嫌な陰の特色を見事に暴いてらっしゃいます。見事です。 そして佐渡のことを良く調べてらっしゃいます。驚きます。んで、それによってその土地に生れ育った人間によって生まれるだろう犯罪を想像し描き出す、その手腕に脱帽せざるを得ません。 他のシリーズもその土地柄をイッパイ活かしているけど、佐渡の毒と作家の毒が絡み合ってものすごいどす黒い作品になってる気がします。内田さん特有の引く毒です。でも、作品の後に入っている「解説」はよろしくありませんでした。わからないわけじゃあないけどさ。
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最高です。
英語をある程度勉強している人が知識や考えをまとめるのにすごく役に立つと思いますし、初心者の方や、受験英語を離れてコミュニケーションのための英語を勉強し始めようとしている人がもし最初にこの本に出会ったら、良くない本に無駄なお金を費やすことがないと思います。 さまざまな場面での英語でのコミュニケーションを体系的にまとめ、微妙なニュアンスの違いや、各場面での英語圏の人の根本的な意識や考え方などを丁寧に教えてくれます
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作者の10年を思う
人の感じ方は様々だと思った。なぜ今自撰集か。ひとつひとつの作品に作者の努力と精進が現れている。一区切りの後、新たな挑戦が始まるのを期待したい。 練り込まれ、洗練された文章。主人公達の気持ちがじっくりと描かれ、決して多作ではない作者の作品への誠実さが改めて感じられる。何年後に読んでも、きっと新たな発見を与えてくれると思う。 特に「悪名」が気に入った。からりと明るいなかにしみじみと情感漂う風景。今こういう武家物をきちんと書いてくれる作家は意外に少ない。
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![ガラスの獅子]() | 『ガラスの獅子』 光文社 price : ¥560 release : 1999/01

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裏切り者は誰?
一大グループ会社の会長を叔父に持つ私立探偵野崎通シリーズの第三弾。叔父に雇われ失踪中の幹部を追いかけ、行動をともにする羽目になった主人公が巻きこまれる、会社を巡る戦い。果たして裏切り者は誰なのか。誰が、誰のために、なぜ行動するかを、冷静な目で見つめた作品。最後の数ページはつい泣いてしまいます。
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 | 『水晶内制度』 新潮社 price : ¥1,785 release : 2003/07

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嬉しくもまたやられた
〜ミルキィ・イソベの装丁は、いつものように別の世界への入り口。国民が支持する神話があって、経済基盤があって国家が強固に成立する。そこで、作られる新しい国の国家戦略による神話や教育や制度。レズビアンの無い女人国。女は子供を産み育てるがセックスは唾棄される。10代の頃に女として生きにくい将来にどんよりしていた自分を思い出した。結局、私は〜〜社会に飼いならされてしまったのか、しかしながら。 常に異世界でも誠実であろうとする語り部に揺すぶられます。〜
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 | 『ホッキョクグマ』 新潮社 price : ¥2,310 release : 2003/09

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自然の貴重なことを教えてくれる
自然動物は独自の世界に生きています.人間の存在とはまったく無関係に,人間がかれらの生活圏を脅かさない限り,生まれて生きて一生を送ります.ホッキョクグマはそんな自然動物の典型です.かれらの生きている北極圏を人間は極寒の厳しい自然と評しますが,かれらにとっては当たり前の生活の場です.この本の写真を見て,人はかれらが,特に小熊がかわいいと感じるかもしれません.でもかわいいとか厳しい生活環境とかは,人間の実に身勝手な感覚でしかありません.岩合光昭はそんな自然動物をあるがままに感情移入せずに撮れる人です.一般の動物写真家は人の感情を押しつけすぎます.私は動物写真には興味がありませんが,岩合光昭だけは例外です.実際,絶滅を心配されるホッキョクグマがこんなに崇高な生物だとは知りませんでした.私は自然保護に特にこだわってはいませんが,自然を人間は身勝手な自己中心の立場からしか見ていないことを気付かせてくれた写真集です.
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歴史を点検する絶妙な対談
この書を読むと、司馬さんの教養に驚かされてしまいます。 「日本歴史を点検する」ということでの、海音寺潮五郎さんとの対談。内容は、「天皇制とはなにか」「西郷と大久保」などで、日本社会と日本人の気質を語られています。
海音寺潮五郎さんの作品では、「蒙古来る」や「天と地と」などを拝読しましたが、登場人物を通して歴史が浮き上がってくるようなタッチで、好きな作家のひとりです。その海音寺さんと、西郷隆盛と大久保利通を通して日本人を語っておられるところは興味深かったですね。
また「幕末よもやま」と題された子母澤寛さんとの対談で、新撰組や勝海舟を語られています。この対談から、司馬さんの「新撰組始末記」や「燃えよ剣」などが生まれたんだと考えると、司馬さんにとっても貴重な対談だったんだと思います。 歴史を検証する上での、絶妙な対談だと思います。
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 | 『新・おくのほそ道』 河出書房新社 price : ¥1,890 release : 2001/10

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 | 『出雲の阿国〈上〉』 中央公論新社 price : ¥940 release : 2002/08

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女性の強さ弱さを読む
有吉佐和子好きとして、これこれ、という楽しみ方ができた。 いつも思うけど、彼女は本当に女ならではの視点で描ききるところがすごい。 そこが何より面白い。男性が「女性は怖い」っていう、その部分だと思う。 神経質というか、粘着質というか、どろっとした弱い部分。けど、強くて。
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医療の変遷をたどる
〜約四十年前の告知しないことが主流だった時代のガン治療の困難さとそれに立ち向かった医療関係者たちの苦闘を時系列に従って綴ったノンフィクション。 登場する医療関係者全員がガンの早期発見および根治的治療という大きな目的と、それを達成するためのあふれる情熱と知的貪欲さ、すべての患者に対する献身的態度をもっているように描かれており、初めて〜〜読んだとき高校生だった私は感激し、大きな衝撃を受け、いつか自分もこの本に登場するような人間になりたいと願いました。 近日再読し、告知主流の現代では時代遅れな内容も多い上に、医療者の理想化がすぎるとも感じましたが、現在ルーチンとして施行されている多くの検査や手技の開発の歴史を振り返り、改めて先人の努力と犠牲に尊敬と感謝を抱きました〜〜。 とても良い本であると思います。 〜
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あの美しい物語の真相は・・??
いってしまえば、パロディなのだけど、この物語の設定としては、こちらが本来の物語(というか現実)で、後に紫式部なる女流作家が美しく切なく幻想的な物語に作り上げたということになっている。なので、このストーリーの中には、清少納言が枕草子を書いたとか、伊勢物語が云々などという史実が織り込まれていて、その中に光源氏や若紫が入り込んでるというか、源氏物語の世界に清少納言たちが入り込んでいるというべきか・・それが妙に楽しい。でもってこれは、紫式部が物語に作り上げる前の「現実」なので、光の君がなんともまあ、人間臭く、はっきり言ってえげつなく、微苦笑が堪えないのである。面白かった。
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途中経過の「安部公房」
「ぼくは、ニヒリストをきどるほど楽天家ではないが、希望を語るにはゴミと気心を通わせすぎた」(本文より)
「他人の夢の話ほどつまらない話はない」という。 私もその意見に大まかに賛成だが、その不可解さが、逆にシュールな笑いをもたらしてくれるのならば、耳を傾ける価値はあるとも思う。 作品としての「安部公房」ではなく、その途中経過の「安部公房」を垣間見ることができるが、作品とはまた違った面白みがある。
「人間そっくりの珍獣アムダ」のエピソードは、話の内容よりもむしろ、安部氏の反応が興味深い。 徹底的に勘違いをした挙句に、それを小説として完成させてしまうのは、流石というべきか。 ワラジムシの薬「ワラゲン」や、ゴミへの愛情、「タブ」の研究など、奇奇怪怪なエピソードがずらり揃っている。
とんでもないことが、あくまで大真面目に語られているので、シュールで不気味なのに、なぜか笑いを誘う。 夜寝る前に読めば、自分の夢にまで侵食してきそうである。
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![快楽のテニス講座]() | 『快楽のテニス講座』 講談社 price : ¥1,264 release : 1988/10

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SF作家さんの読書エッセイ。
読書が趣味と公言している、SF作家さんの読書エッセイです。読書量が多いことは知っていましたが、そのご趣味が広範囲なのには大変驚きました。
素子さんらしい(?)感想が、素子さん節(!)にて表現された本、とってもおすすめです!!
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 | 『空海の風景〈下巻〉』 中央公論新社 price : ¥1,890 release : 2005/06

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空海の真実
上巻ほどの難しさはなく、一気に、のめり込んで読めました。 下巻は空海のひととなり、生涯のエピソードについてかかれています。下巻の方は、小説に近い感じでしょうか。 空海は初めから天才ではなく、自分の才能を最大限引き出す力に長けていたとか、聖人君子ではなく、ドロドロした部分も沢山持っていたとか、教科書からは見えなかった部分が読めて面白いです。 傍若無人なまでのキャラの立ちかたが、素敵でひきつけられます。
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前向きに生きよう!
恋人の事故死。 心がその場から動けなくなるには、充分すぎる。 一つの出来事に心がとらわれる。 そのどうしようもない感じと、何かないのか?みたいなジレンマ。 程度の差はあれ、みんなどこかに持っている気持ちじゃないかな? 過去にとらわれ、現在を生きられないのは不幸なことだ。 そして、それは周りにいる人も不幸にする。 今をより良く、楽しんで生きる大切さを、実感した。
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湘南ダディは読みました。
この短編集は昭和50年代の初めの頃に書かれたものを2006年に新装改版したもので、作風もどちらかといえばまだ暗く重いものですが、いずれも、巧みなプロット設定と確かな登場人物の造形に加え、周平調ともいうべき清潔で格調高い文章を味わえるものばかりです。 冬の足音 ―― 錺職人兼蔵の娘、お市はやがて二十になるが、三年前に突然飛び出していってしまった兼蔵の一番弟子、時次郎のことが忘れられない。瑕物だがといって時次郎がくれた珊瑚をあしらった銀簪をいまだに大事にしている。叔母のもってきた見合い話を断りきれなくなって、お市は時次郎に会ってみようと決心する。この短編はお市が時次郎からもらった簪を橋の上から暗い川に投げ捨てて終わるのですが、一途であった娘の哀れさがいつまでも漂う幕切れです。 「暗い鏡」は、幼い頃両親に死別したために面倒を見てやっていた姪のおきみは、実は私娼で客との金のいざこざで殺される。 遺品からは政五郎が与えてやった手鏡がでてくる。たった一人の身寄りに注いでやった愛情が薄かったことにやりきれない気になった政五郎は、おきみを苦界に引きずりこんだ渡世人亀次郎を探しだし老いの身をかえりみず殴りかかっていく。 私がこの9編のなかで一番好きなのは「鬼気」。いずれも腕に自慢の若侍が藩内一の使い手は誰かということで詮索する話です。その当人の細谷久太夫については刀を抜かぬまま決闘を仲裁したとか、いくつか非凡さを物語るエピソードが紹介されるのですが、ほんの最後まで当人はほとんど登場しないまま物語は終わり、それでいて読者もすごい使い手だったのだろうなと納得させられる構成となっています。練りに練られた芥川龍之介やあるいはロアルド・ダールの短編のような趣があります。(ロングバージョンのレビューは http://shonan.qlep.com/のレジャー→エンタメでどうぞ)
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 | 『私広告』 本の雑誌社 price : ¥1,529 release : 1993/04

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【商品詳細】
小泉改革の要の一つである道路公団民営化をめぐる政治劇は、民営化委員会が公開で議論を重ねたことに加え、うごめく族議員や官僚らのキャラが立ったこともあり、長くテレビ、新聞をにぎわせた。その渦中にあった著者、猪瀬直樹による渾身の書き下ろしドキュメントだ。 2002年から翌03年にかけて、猪瀬直樹の顔と声は、まさにテレビのニュース番組の定番であった。だがそれは、道路公団という巨大な権力に、ひとりのタフな作家が挑んでいる、という漠然としたイメージが先行していた。テレビでの取り上げ方は、どうしても喧嘩を見物する野次馬的なものになりがちだし、新聞を1紙か2紙読んでいたところで、全体像はなかなかつかみにくかったのだ。 今回、異例ともいえる早さで刊行された本書を読むと、この3年間の動きはもとより、既得権益を死守する集団との攻防の内実が、そしてすさまじさが、改めて解る。とにかく、この本から受ける印象は、スピードの速さだ。熱いうちに書いて出せ、とばかりに書き下ろされた文章には臨場感があり、その一方で緻密である。通常、この種の本は、数年の冷却期間をおいて書かれたり、下手をすると当事者があらかたリタイアしてから出されたりするものだ。猪瀬の多忙を思うと、今この時点で、これだけの完成度の本が出たことは奇跡に近い。 臨場感があるゆえに、テレビの見方と同様、「橋龍、クリア」「古賀、クリア」といった具合に、つい人対人のやりとりや、議論の枝葉などに目を奪われたりしがちではある。また、道は太古からあり、商売の手段となってきたけれど、それと国との関わりは、といった哲学的、思想史的な深い話にはならない。そんなことには構ってられないとでもいうような速さで筆は進んでゆく。しかし構造改革について、この時期に広く一般向けに出された本としては、最良の書き手、最良の手法によるノンフィクションであることは間違いない。(坂本成子)
官僚のずぶずぶの体質
著者の本は「日本国の研究」「続日本国の研究」とよく読んでいる。 いずれも、行政の天下りのための作られた外郭団体のずぶずぶの体質を問題視するもの。
で、今度はその最大の親玉ともいえる道路公団改革の民営化推進委員会の内幕を明かす。 官僚サイドの妨害工作の数々、土木業界の利益を守ろうとする委員とのやりとりが生生しい。
委員会は、事実上、 ・業界利益派:今井委員長、中村氏 ・改革推進派:猪瀬氏、松田氏 の衝突。 でも業界利権派と改革派は水と油。議論がまとまるはずもなく。 JR東日本会長の松田氏は行政を敵に回すことを恐れず徹底改革を主張する気骨ある人物。 まあ、著者はあくまで自分だけが正しいというスタンスで書いているんだが。
星?2は、著者が現実路線と調整に重きを置きすぎて、繰り返し妥協を重ねてしまい、後半に行くほど改革のトーンが盛り下がっていくこと。 読み手としてはつらい。現実は小説のようにはいかないか。
とはいえ、小泉内閣は、郵政や道路など官僚がもっとも手をつけて欲しくない所にメスを入れようとしたほんとに稀有な存在だった。 ここを改革しようとする内閣は、平成の間はもう出ないだろう・・。
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![夜になると鮭は…]() | 『夜になると鮭は…』 中央公論社 price : ¥336 release : 1988/01

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レイ・カーヴァー
ジョン・アーヴィングとともに八十年代のアメリカを代表する作家といわれるレイ・カーヴァー。 その短編のセンスには舌をまく。静かでいて精緻、特に何が起こるわけでもないのに、いつのまにか短編の世界に引き込まれる。 犬を捨てる、クリスマスの夜などは非常にお勧め。 村上春樹の訳もよい。
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![新生 (前編)]() | 『新生 (前編)』 岩波書店 price : ¥630 release : 1970/05

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やさしいけど学問的です
大学の講義でTEXTに使用されました。予備知識が全く無かった私でも理解に困る事はなく、本当に優しい心理学でした。しかし、用語も含めて学問的な知識をしっかり得られたと思います。タイトルどおり、教育についての心理学について触れられており、生徒への接し方、誉め方、やる気について、学級について、等の項目に分かれて書かれている。心理学に触れてみたい、とっつきに、という人にはおすすめ。
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インドの見出された声
疑いようのない傑作です。 インド独立と同時に生を受けた主人公の半生を軸にした物語なのですが、露骨に寓喩的な設定にもかかわらず、逸話、メタファーの氾濫でそんなことは忘れてしまいます。 インドとパキスタンの現代史を背景に、主人公の周囲で超自然的で・一見荒唐無稽な事件が続き、それらを通して、強烈な風刺、アレゴリーが綯交ぜになって読む者の心を揺さぶります。まさに、マジックリアリズムの名手であるラシュディの面目躍如といったところ。プロットもすばらしく、また決して明るい内容の物語ではないにもかかわらず、コメディタッチの語り口は、非常にentertainingでもあります。 とかく「悪魔の詩」のイメージが強いラシュディですが、これを読んで現代文学における最高の書き手の一人であることを確認。
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