送り手の意図したとおりに受け手が読んでくれなかったり、とか、そういう類のズレ(勘違い)がよくあると思うんですが、その辺が、絶妙に描かれていて、ニヤリとする場面が何度もあった。ブンロク師匠の、ネットハンサム講座は妙に説得力があり、読みながら、ついつい「出会いサイトもありかなー…」と引き込まれてしまった。
世の若者の、切なる「彼女・彼氏欲しい!」願望・およびその哀愁が、うまく描かれているように思う。あと、舞台が地元なので、なじみの風景がいろいろと登場したり、もろ関西弁のキャラクターがいたりで、物語世界に入っていきやすかったというのもあるかなー。
いや,でも,本格的な官能小説に慣れていると,大したエロさではないのかも…馬琴の作品に取材したハードでない官能小説と言ったところでしょうか.
シドニィ・シェルダンといえども最初から偉大ではないということでしょう。でも、中盤までは緊迫感があって、それなりにおもしろかったと思います。
しかし、正直、もうあきました。登場人物の名前を変えたりすれば、まあ、プロットもたいしたことはないと感じましたし、正直、本作の下巻を最後まで読み通すのはツラカッタ。
バブルの日本を描いた「生誕祭」は違ったアプローチらしいので読んでみようと思いますが、、、。
まだ馳ワールド初心者の方には楽しめるのかな?
しかし、小説としては駄作。重力ピエロのような重厚さは感じられない。悲しい性。それを利用するのも好ましくは感じられない。
ただ騙される。
騙されたい奴はかかって来い、といってみる。
パスコー部長刑事が休暇を過ごすために訪ねた、旧友コリン・ホプキンズ宅で3人の死体を自ら発見し、主人のコリン・ホプキンズは行方不明。
地元警察はコリン・ホプキンズを容疑者として捜査に乗り出し、パスコー部長刑事は警察捜査官と、私人としての客観的立場で警察と異なる見解との葛藤が描かれる。さらに、前作「殺人のすすめ」で再会した大学時代の恋人、エリーとの仲が強まり婚約へと進むさま、警部への昇進の決定など多彩に発展していく。レジナルド・ヒルの前2作も同様ではあるが、謎解きとか設定とかのミステリーの範疇をはるかに超えて、個人一人一人の描写や執筆された時代の描写は「社会派小説」とも云える。
パスコー警部が自ら殺人犯人を特定して解決に導き、最後にダルジール警視と「こういう仕事をしていると、客観的で非個人的になるのが簡単でしょう。いつもそうであろうと努力している。・・・・・・・・・・・・」エリーが口をはさんだ「昇進すると哲学のコースまでついてくるの?ソクラテスの時間に割り込んでごめんなさい。」これは、五つ星以上の傑作。
“刑務所で死んだはずのダニーが生きていた”!!
主人公以外に登場人物が多く、 それぞれの人生が複雑にからまりあうんだけど、 全編とおしてテンポがよく、まさにジェットコースターのように、読み出したら最後、ラストまでいっちゃいます。
館の主は若く美しい女主人。ホテルのような豪奢な洋館で繰り広げられる怪しげなパーティー、仮面をつけた男女の客達、白いセーターの男。と、まぁ魅力的な要素がてんこもり!
短編なので、結末がすこしあっさりしすぎてるような感じもしましたが、そこはさすがに横溝先生。金田一耕助の謎解きもなるほど!(洋装なのが不思議だけど…(笑))
ほかに短編が2作品「鏡が浦の殺人」と「車井戸はなぜ軋る」が入ってます。
主人公の変すぎる性格が絶妙にストーリーと合っていて楽しい。とても好きな話だ。
脇役もアル中の元保安官助手、黒人のガンマンのキヨミチャン、酒場を経営する神父さんなどがそろっていて物語に深みを与えてくれる。
何回も読み返している作品。何とか手に入れて読んでもらいたいもんだ。特に大久保町と聞いてピンとくる人にはおすすめ。
悪徳派出所長パンジー、県警一の嫌われ者の郡家徳雄などユニークな人物が多数登場し、読者をぐいぐいと物語の中に引き込んでいく。船戸フアンもそうでない人も、614頁の頁数を忘れて、最後まであっという間に読みきってしまうだろう。素晴らしいエンタテインメントである。
ただ、かつて船戸が中南米、アジア、中東などを舞台に縦横に筆を振るい、その背後に相当な量のその地の歴史の研究?緻密な取材を感じさせていたことと比較すると、物語の設定が現代の日本で、必ずしもその地の歴史と物語がしっくりマッチしているとはいえず、昔のように十分な取材とそれを熟成して物語にする時間がなかったのだろうか、とも思ってしまう。今年で船戸も58歳。以前の船戸ワールドをもう一度読みたいというのは読者のわがままだろうか。